日本の点字の歴史:石川倉次と11月1日
日本語の点字は、1890年(明治23年)11月1日に生まれました。 東京盲唖学校で開かれた点字選定会で、教師の石川倉次が考えた案が、日本の点字として採用されたのです。フランスのルイ・ブライユがつくった6つの点のマスを使い、それをかなの五十音に合わせて組み立て直したものでした。この日は今、「点字の日」(日本点字制定記念日)とされています。
この記事のポイント
- 日本語の点字ができる前は、欧米の点字を使って、日本語をローマ字つづりで書いていました。
- 東京盲唖学校で、石川倉次を中心にブライユ点字を五十音に翻案する研究が進められました。
- 1890年9月から選定会が開かれ、3つの案を比べる実験を重ねて、11月1日に石川倉次の案が採用されました。
- 1898年に拗音の点字が発表されて日本点字が完成し、1901年には官報に「日本訓盲点字」として掲載されました。
- 11月1日は、2013年に「点字の日」(日本点字制定記念日)として登録されています。
日本の点字が生まれる前
点字そのものは、1829年にフランスのルイ・ブライユが発表した文字です(ルイ・ブライユとは)。日本語の点字が決まる前は、この欧米の点字を使い、日本語をローマ字つづりで書いていました。かなで考え、かなで話す日本語にとって、使いやすい方法ではありませんでした。
石川倉次と東京盲唖学校
石川倉次(1859〜1944年)は、浜松藩(いまの静岡県浜松市)に生まれた教育者です。1887年(明治20年)、のちの校長となる小西信八の熱心な誘いで、楽善会訓盲唖院に移りました。訓盲唖院はこの年に東京盲唖学校と名前を変えます。小西から、ブライユの点字を日本のかなに合わせる研究を任されたのが、倉次でした。
学校では、倉次を中心に、先生と生徒がアルファベットの点字を五十音に翻案する作業を進めました。1889年には同僚の遠山邦太郎が6点の点字案を発表し、それに刺激を受けた倉次は、工夫を重ねて縦3点・横2列の自分の案をまとめました。
1890年の点字選定会
1890年(明治23年)9月、日本の点字を決めるための第1回点字選定会が開かれました。候補は3つです。
| 案 | 考えた人 |
|---|---|
| 石川案 | 教師・石川倉次 |
| 遠山案 | 教師・遠山邦太郎 |
| 生徒案 | 東京盲唖学校の生徒、伊藤文吉と室井孫四郎 |
選定会はその後、数十回の実験を重ねました。そして11月1日の第4回選定会で、石川倉次の案を採用することが決まりました。いまも使われている日本の点字は、この案がもとになっています。
石川案のしくみ
石川案の特徴は、マスの上と下で役割を分けたことです。母音はマスの上側の1・2・4の点で表し、子音の点を加えて各行をつくります。
| かな | 点字 | しくみ |
|---|---|---|
| あ | ⠁ | 1の点(母音) |
| か | ⠡ | 「あ」に6の点を加える |
| さ | ⠱ | 「あ」に5・6の点を加える |
| な | ⠅ | 「あ」に3の点を加える |
| ら | ⠑ | 「あ」に5の点を加える |
母音5文字と、行ごとの子音の点を覚えれば、五十音の大部分が読めるしくみです。全体は点字一覧表にまとめています。
普及と完成
採用が決まるとすぐ、倉次は「日本訓盲点字一覧」を全国の盲学校に配り、各地に出張して点字を広めました。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1890年 | 11月1日、石川倉次の案が日本の点字に決まる |
| 1894年 | 輸入した点字製版機で、日本で初めての点字出版物を発行 |
| 1898年 | まだ決まっていなかった拗音の点字を発表し、日本点字が完成。携帯用の「懐中点字器」も開発 |
| 1899年 | 拗音の点字が東京盲唖学校で採用される |
| 1901年 | 4月22日、「日本訓盲点字」として官報に掲載され、公認の文字になる |
| 1904年 | 点字タイプライター「イシカハ・タイプライター」を開発 |
点字を決めるだけでなく、書くための道具までつくったところに、倉次の仕事の広さが表れています。
11月1日は「点字の日」
石川倉次の案が採用された11月1日は、日本点字制定記念日、「点字の日」とされています。2013年に日本点字普及協会が日本記念日協会に申請し、登録されました。東京都中央区築地の公園には、「日本点字制定の地」の碑が建てられています。
世界では、ルイ・ブライユの誕生日の1月4日が、国連の定めた「世界点字デー」です。日本では、1月4日と11月1日の2つの日に点字が話題になります。
点字の日に、点字にふれてみる
日本の点字は、かなを発音どおりに書く文字です。「てんじ」は ⠟⠴⠐⠳、「いしかわ」は ⠃⠳⠡⠄ と書きます。自分の名前を点字にしてみたいときは、点字変換ツールが使えます。
よくある質問
日本の点字をつくったのはだれですか?
東京盲唖学校の教師、石川倉次です。1890年11月1日に、彼の案が日本の点字として採用されました。もとになったのは、フランスのルイ・ブライユの6点の点字です。
点字の日はいつですか?
11月1日です。1890年のこの日に日本の点字が決まったことにちなみ、2013年に日本点字制定記念日として登録されました。
日本の点字は何年に公認されましたか?
1901年(明治34年)4月22日、「日本訓盲点字」として官報に掲載され、公認の文字となりました。
拗音の点字はいつできましたか?
1898年に石川倉次が発表し、翌1899年に東京盲唖学校で採用されました。これで日本点字が完成しました。
