ヘレン・ケラーと点字:読み書きと日本との縁
ヘレン・ケラーは点字を読みました。それも1種類ではありません。 当時のアメリカには、競い合ういくつもの点字の方式があり、彼女はそのすべてを身につけていました。1909年には「わたしはすべての方式を読みます」と手紙に書き、それがアメリカの学校で使う点字を決める議論に影響を与えました。また、原稿は点字タイプライターで書き、それを普通のタイプライターで清書していたと、アメリカ盲人援護協会(AFB)は伝えています。
ここでは、彼女がどう文字を学び、どの点字を使ったか、「点の戦争」での手紙、そして日本との縁を紹介します。
この記事のポイント
- ヘレン・ケラーは1880年6月27日、アメリカ・アラバマ州タスカンビアに生まれ、生後19か月の病気で目と耳が不自由になりました。
- 家庭教師のアン・サリバンは1887年3月3日に来て、手のひらに指文字でつづって言葉を教えました。
- 彼女はいくつもの凸字・点字の方式を読み、1909年に「すべての方式を読みます」と書いています。
- 本の原稿は点字タイプライターで書き、普通のタイプライターで清書しました。
- 1904年、ラドクリフ・カレッジを卒業。目と耳の不自由な人として初めて学士号を得ました。
- 1937年、1948年、1955年の3度来日。1937年には、母から人生の手本と教えられた塙保己一ゆかりの温故学会を訪ねました。
言葉を知った日
AFBの伝記によると、パーキンス盲学校を卒業した20歳のアン・サリバンは、1887年3月3日にタスカンビアに着きました。その1か月後、井戸のポンプのところで、サリバンはヘレンの片手を水に当てながら、もう一方の手のひらに w-a-t-e-r とつづりました。そのとき、指の合図がはじめて意味を持ったのです(AFBの伝記、英語)。
これは指文字、手のひらに文字を触ってつづる方法です。点字は、そのあとに自分で読むための手段として身につけました。1890年、10歳のときには話すことも学びたいと望み、ボストンのホレース・マン聾学校でサラ・フラーの指導を受けています。この井戸の場面は、舞台と映画『奇跡の人』で広く知られています。
どの点字を読んだのか
19世紀の終わりのアメリカには、ひとつに決まった点字がありませんでした。目の不自由な人のための本は、文字の形をそのまま浮き上がらせた凸字、ニューヨーク・ポイント、アメリカ式点字、そしてルイ・ブライユのフランスの点字から生まれたイギリス式点字など、別々の方式で作られていました。すべてを読むには、いくつも覚えるしかありません。ヘレン・ケラーはそれをやりとげました。
点の戦争
この方式どうしの争いは激しく、「点の戦争(War of the Dots)」と呼ばれています。1909年、ニューヨーク市が目の不自由な子どものための新しい学級でどの方式を教えるか決めようとしたとき、ヘレン・ケラーは教育委員会に手紙を書きました(AFB「点の戦争」、英語)。自分はすべての方式を読めるので、これは自分のためではなく、同じ幸運に恵まれない多くの目の不自由な人のためだ、という内容です。
彼女はアメリカ式点字を支持しました。ニューヨーク・ポイントの本は大文字やアポストロフィ、ハイフンを省くことが多く、子どもの綴りに悪いと考えたからです。さらに、横3点・縦2点の形のニューヨーク・ポイントより、横2点・縦3点の点字のほうが読む指が疲れない、とも書いています。
横2点・縦3点で指先に収まる。これは今も点字のマスの基本です。点字のしくみは「点字とは」で説明しています。
点字タイプライターで書く
ヘレン・ケラーは何よりも書き手で、たくさんの文章を書きました。1903年に出た自伝『わたしの生涯』(The Story of My Life)もそのひとつです。原稿は点字タイプライターで書き、目の見える読者のために普通のタイプライターで清書していました。点字タイプライターは、1点ずつに対応する6つのキーを同時に押して、1マスを打ち出す機械です。
塙保己一と日本
ヘレン・ケラーは、幼いころから母に「日本の塙保己一先生はあなたの人生の目標となる方ですよ」と教えられていたといいます。塙保己一は江戸時代の目の不自由な国学者で、膨大な文献を集めた『群書類従』の編さんで知られます。
1937年の初来日では、東京・渋谷の温故学会を訪ね、保己一の座像と、使い古された質素な机に触れました。そのときのスピーチで「先生の像に触れることができましたのは、日本の訪問の中で最も意義深いものでした」と述べています(ヘレン・ケラーと塙保己一、埼玉県)。
ヘレン・ケラーは、日本ライトハウスを創った岩橋武夫と深い親交を結び、1937年、1948年、1955年の3度来日して、各地で目や耳の不自由な人の教育や福祉を訴えました。
名前を点字で書くと、⠯⠛⠴⠀⠫⠑⠒ になります。
よくある質問
ヘレン・ケラーは点字を読めた?
はい。アメリカ式点字やニューヨーク・ポイントなど、いくつもの方式を読みました。1909年には「すべての方式を読みます」と書いています。
どうやって言葉を覚えた?
1887年から、アン・サリバンが手のひらに指文字でつづって言葉を教えました。その後、凸字や点字を指で読むようになりました。
点字で文章を書いた?
はい。原稿を点字タイプライターで書き、普通のタイプライターで清書していました。
日本に来たことはある?
1937年、1948年、1955年の3度来日しています。1937年には、塙保己一ゆかりの温故学会を訪ねました。
点字を考えたのはだれ?
フランスのルイ・ブライユです。1824年ごろに考えました。「ルイ・ブライユ」をご覧ください。
